2015年11月26日木曜日

韓国カトリック大学校の招聘教授へ就任ー植村隆さん



韓国カトリック大学校(THE CATHOLIC UNIVERSITY OF KOREA)
(韓国・ソウル)

植村隆さんは、韓国ソウルカトリック大学校の招聘教授へ就任されることになりました。
11月26日(木)午前、北星学園大学で行われた記者会見での田村学長、植村隆さんの報告を抜粋し、以下にご紹介します。また、札幌弁護団の事務局長がコメントを発表されましたので、併せて掲載します。

★植村 隆さん
私は、韓国カトリック大学校から招聘を受け、来年2016年3月から1年間、招聘教授(VISITING  PROFESSOR)として、同大学で講義を持つことになりました。
週に1~2回の講義で、「日韓交流の歴史」を学生たちと共に学ぶ授業です。

北星学園大学では、留学生向けの国際交流特別講義を担当しておりました。一番多かったのが韓国カトリック大学校からの留学生で、この講義を評価してくださったことが、今回の招聘につながったのだと思います。
ご期待に添えるよう、さらに努力していきたいと考えております。

私は札幌と 東京で、それぞれ名誉毀損の訴訟を起こしておりますので、来年はソウル、札幌、東京を行ったりきたりすることになります。 
したがって、時間的な制約もあり、2012年から続けてきた北星学園大学での非常講師の仕事を続けることができない旨、先日、田村学長へお伝えいたしました。

ご存知のように私への不当なバッシングは北星へも波及し、その攻撃はすさまじいものでした。大学当局は学生を守るため、警備を強化し、たいへんな費用と人員をこの問題のためにあてなければなりませんでした。

私のことで、北星の学生、教職員のみなさんに大きな苦痛やご迷惑をおかけしたことを、本当に心苦しく思っています。
そして、これまでの北星の対応に、大変感謝をしております。こうして新たな一歩を踏み出すことになったのも、北星が私と一緒に闘かってくださったお蔭であり、多くの方たちがこの闘いを支援してくださったからです。
心から御礼を申し上げます。

平和と人権の精神をもつ北星で4年間講義できたことは、私にとって本当に幸いなことでした。今後も協定校の教員として、北星との交流を進めていきたいと思っています。

そして、「捏造記者」というデッチあげに対する私の戦いは今後も、言論の場、法廷の場で続きます。

今後とも屈することなく闘い続けていきます。
これからもよろしくお願いします。

★田村 信一北星学園大学学長
 さる1119(木曜日)、植村氏から、韓国カトリック大学校の招聘教授として招かれ、受諾したため、時間的な制約もあり非常勤講師の仕事を続けることができない旨、報告がありました。

したがって、次年度、植村氏には非常勤講師としてご勤務いただかないことになります。まず、そのことを皆様にご報告いたします。

ご承知のように、昨年3月来、植村氏の雇用をめぐって、学生及び保護者の皆様をはじめ、学内外の多方面の皆様にご心配をおかけしてまいりました。

本学では、民主主義の根幹をなす言論・学問の自由と大学の自治を脅かす不当な攻撃であるとの認識のもと、キリスト教による建学の精神及び歩んできた歴史を踏まえ、社会的責任を果たすべきであるとの観点で、これに対応してまいりました。
このことは今も変わっておりません。

次年度の雇用継続について、新聞報道などがいくつかありました。確かに、様々な問題があり、学内にも多様な意見がありましたので、学長として悩んでいたことは事実です。しかし、植村氏の雇用に関する学内手続き、決定は何もしておりません。この点をご理解いただきたく存じます。

植村講師には、国際交流特別講義が開講されて以来、この科目を担当していただいてきました。これまでのお働きに、この場をお借りして感謝申し上げます

今回のカトリック大学校の招聘は、植村氏の教育力が高く評価された結果と受けとめております。教育者、研究者としての能力をさらに発揮されることを期待いたしております。

また、カトリック大学校は本学の協定校でもありますので、今後とも、例えば、シンポジウムの講師や特別講義など、様々な形でご尽力をお願いしたいと思っております。

本学は、キリスト教による建学の精神及び歩んできた歴史を踏まえ、社会的責任を果すべく、大学の自治、学問の自由を守り、教育・研究、そして地域社会への貢献を今後も続けて参ります。また、本学の経験を検証・総括し、広く社会に問いたいとも思っております。
 これまでご支援くださった皆様に感謝申し上げるとともに、引き続きご支援のほど、よろしくお願い申し上げます。

★植村弁護団事務局長
本日、植村さんが来年3月から韓国のカトリック大学校で勤務することが発表された。

韓国の有数のキリスト大学での勤務が決まったことは、植村さんの新聞記者の実績や北星学園大学での教職員としての資質を高く評価されたためであり、本人の将来的展望に繋がるもので喜ばしいことである。

また、北星学園大学は、植村さんが最も厳しい状況にあった時期に、極めて悪質な脅迫行為に毅然と対応し、植村さんの雇用を継続して大学の自治を守り抜かれたことを、弁護団としても高く評価し敬意を表したい。

今後も大学が植村さんとの繋がりを継続発展されることを期待したい。

2015年10月30日金曜日

東京訴訟「第3回口頭弁論」と「報告集会」のご報告

【口頭弁論】

2015年10月26日、午後3時、東京地裁103号法廷。
傍聴席から向かって左の原告側の席に、植村さんと中山武敏弁護士をはじめ代理人弁護士たち10数人が着席。対する右の被告側の席には、喜田村洋一弁護士のほかは若い弁護士が1人のみ。

裁判官3人が入廷し、まず原告側弁護団事務局長の神原元弁護士との間で、損害賠償請求額の内訳についてのやりとりがあった。
原告側は、被告から受けた不法行為として、名誉棄損、プライバシー侵害だけでなく、生活権の侵害も主張したため、裁判所側は、それぞれに対する請求をいくらずつと主張するのかを質問。神原弁護士は「一つの行為によるので合算しての請求になる」と答えたが、裁判所は「一つひとつがいくらか特定できないか」と重ねて求めた。結局、原告側が次回に請求の内訳を述べることになり、第2準備書面のうち関連部分だけ陳述は保留となった。

続いて原告側が文書送付嘱託、調査嘱託の申し立てをした件の手続きが終わり、神原弁護士が立ち、全体で70ページ近い原告側第2準備書面のうち、ポイントとなる部分を述べた。

神原弁護士による要旨陳述の主な要点は次のようなものである。

1.被告らは、「捏造」とは「意見ないし論評」であると主張しておりますので、反論します。
辞書によれば、「捏造」とは「事実でない事を事実のようにこしらえること」、「本当はない事を、事実であるかのように作り上げること。でっちあげ。」を意味する言葉です。
ジャーナリズムにおいて、「捏造」は、「意図的に」事実をでっち上げることであって、意図的でない「誤報」とは明確に区別されています。

裁判例においても、「捏造」は意図的に事実をねじ曲げるという意味に理解されている。遺跡から発見された石器が捏造と報道されたケースで、福岡高裁平成16年は、「『捏造』とは、『ないことをあるかのように偽って作りあげること、でっちあげること』を意味する言葉である」と定義した上で、原告の請求を容認している。
また、研究論文にねつ造があるとされた事件で、仙台高裁平成27年は、以下のように認定しています。「本件各記事は,いずれも,『この論文には捏造ないし改竄があると断定せざるを得ません。』という記述があるものであるところ,一般の読者の普通の注意と読み方を基準として,その文言の通常の意味に従って理解した場合に,論文のねつ造ないし改ざんという証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を主張していることは明らかであるから,本件各記事は事実を摘示するものである」(9頁)

本件各記事の文脈に照らしても、「捏造」は「でっち上げ」の意味で用いられています。西岡論文Aは、「捏造」を「誤報」と区別し、故意による捏造事件の典型である「サンゴ損傷捏造事件」を引き合いに出し、「都合が悪いので意図的に書かなかった」「義理のお母さんの起こした裁判を有利にするために、紙面を使って意図的なウソをついた」「意図的捏造」等と強調しています。

西岡論文Bも、「朝日記者の裏の顔」「単独インタビューがとれたというカラクリ」等と悪しきイメージを強調し、「あるある大辞典」の事件をひきあいにして「意図的に身売りの事実を報じなかった」と強調しています。

論文CとDは、朝日検証記事に対する反論です。朝日検証記事とは「植村氏の記事には、意図的な事実のねじ曲げなどはありません」というものです。そして、論文Cは「この朝日の検証は間違っている。植村記者は意図的な事実の捏造を行い」とし、論文Dは「誤報というよりも、あきらかに捏造である」と断じています。

また、文春記事Aは、「捏造と言っても過言ではありません」とした上で、原告の親族に慰安婦支援団体の幹部がいることを明らかにしています。この記載は、原告が記事を捏造した動機を示すものと読むほかありません。

このように、「捏造」は、辞書的意味においても、実際社会においても、裁判例においても、そして、本件の文脈上も「故意に事実をねじ曲げること、でっち上げ」を意味しております。原告が利己的動機で事実をでっち上げたというのは、証拠により認定可能な事実ですから、事実を摘示したものというべきです。

そして、それは、真実を報道すべき新聞記者としての原告の社会的評価を低下させるものですから、名誉毀損が成立します。

第2の論点について述べます。34頁以下です。
「捏造」が故意に事実をでっちあげることだとすれば、真実性の抗弁が成立しないことは明白です。金学順氏は自ら「私は挺身隊だった」と述べていたし(甲21の2本文2行目、甲50)、慰安婦を挺身隊と呼ぶ記事は原告の記事の以前にも以後にもありました。さらに、同じ時期の新聞各紙は金学順氏が妓生学校にいた事実に触れていないし、そもそも原告は会社の上司の指示や示唆に基づいて記事を執筆したに過ぎない。

そうすると、原告が悪意で事実をでっち上げた等とは到底いえないことは明白なのであります。

その他の不法行為についても述べます。これは、「第4」50頁以下のとおりです。

文春記事Aは、「“慰安婦捏造”朝日新聞記者がお嬢様女子大教授に」というタイトルからして、慰安婦問題を誠実に議論しようというものではない。原告の記事ではなく、原告が「お嬢様女子大教授に」なったことを攻撃の対象とし、その実現を阻止したいとの意欲を読者に抱かせようとするのがこの記事の目的である。

文春記事Bは、さらに悪質である。この記事が掲載された当時、被告文春は、文春記事Aを読んだ人々が松蔭に抗議を集中さえ内定が取り消されたことを知っていた。そして、自社の記事がそのような効果を生じることを承知の上で、むしろ同じ効果が生じることを強く意欲して、北星学園の名称を明らかにして記事Bを発表したのである。

その結果、原告は、職場や自宅に対し、家族特に娘に対するものも含め、様々な脅迫や嫌がらせを受けた。これらの嫌がらせが原告の平穏な生活を侵害したことは明白である。

論述は以上ですが、裁判所には、本件で原告が受けた被害の深刻さに、是非、向き合って頂きたいと考えます。
原告は、自身が名誉権や名誉感情を毀損されただけでなく、激しいバッシングと迫害により雇用を脅かされて生存の危険に晒されました。くわえて、家族、とりわけ、本件記事当時は生まれてもいなかった娘さんまでもが、父親の20年以上の前の新聞記事を理由に、「ころす、どこまで行っても殺す」などと脅迫状を送られているのです。原告が本件で請求している金額は実に控えめなものです。

以上の次第ですから、原告の請求を速やかに認容して頂きたく、陳述と致します。


この日の法廷では、最後に今後の進行について簡単なやりとりがあった。被告側の喜田村弁護士は、この日は座ったままでなく一回一回立ち上がって意見を述べたが、いかんせん声が小さく聞き取りにくかった。
決まったのは以下のとおりだ。

1.原告側が11月末までに、補充的な陳述書を提出する
2.それらを前提に、被告側が2月5日までに反論を提出する
3.第4回の次回口頭弁論を、2016年2月17日午後3時から、東京地裁103号法廷で開く

この日は、3時18分にあっさりと閉廷した。

【報告集会】

午後4時から、いつも通り参議院議員会館講堂で報告集会が開かれた。
まず中野晃一さん(上智大学教授)の講演「右傾化する日本政治と植村さんへの攻撃」。
中野晃一さん



中野さんは、「99年に6年ぶりに帰国してみたら、本屋にヘイト本が平積みになっている。ずいぶん変わったなと感じた」と自身の体験から説き起こし、この間の日本の変化と、その中で起きた植村さんへの攻撃に関し、ていねいに跡付けた。
たいへん整理された話なので、中野さん自身の手によるレジュメの「まとめ」部分を、以下に再録する。

1.    ポスト冷戦世代の政治家、右派メディア・知識人、右派団体・運動体との連携で1990年代後半から始まったバックラッシュの流れが小泉政権期に主流化していった
2.    自民党内の穏健保守、そして民主党の崩壊を経て、第2次安倍政権でついに歴史修正主義は、政権与党の公式な政策となってしまった
3.    オルタナティブとなる野党のない政党システムの下、自民党による国内メディアの統制・抑圧には相当程度成功してしまった
4.    アメリカを中心とした海外キャンペーンの展開が始まった
5.    当面は、アメリカの顔色をうかがいつつ、許される範囲での歴史の書き換えを推進しようとするものとみられる
6.    安保や経済面での対米追随政策とのバーターで、歴史修正主義のお目こぼしをしてもらう方針も、いずれ破綻する可能性
7.    海外では、「慰安婦」問題は女性の人権問題や軍事性暴力の問題と捉えられており、植村さんへの攻撃も同じく言論や学問の自由など人権問題と深刻に受け止められている

次に、植村隆さんの「V.S産経新聞 韓国訪問を終えて」と題する特別報告。韓国でナヌムの家を訪問した折に元慰安婦のおばあさんと抱き合ったが、彼女の体は本当に小さかった。「慰安婦問題とは、歴史資料などではなく、一人ひとりのおばあさんの悲しみだと小さい体を抱いて知った」と植村さんは語った。


その訪韓前の7月末に植村さんを取材に来た産経新聞の阿比留記者は、「強制連行」とかつて書いていた産経新聞を植村さんに示されると、「間違ってますね」と何度も繰り返すばかり。さらに植村さんが、慰安婦のおばあさんを取材したことは?と聞くと、「ありません」と答えたという。

これらの経緯も含め、植村さんは「週刊金曜日」10月30日号から、5回の連載をする予定だ。


植村さんの韓国の旅に同行した明治学院大学の学生2人もそれぞれに思いを語った。
「祖先の関わった侵略戦争。それを清算しなかった戦後。その上に私たちは在る」
「ハルモニの方々と手を握った。言葉につまった末、『私たちの歴史の中で、日本はひどいことをしました』と言うと、ハルモニから『そのことを日本の教科書に残しておくれ』と言われた」
また、北星学園大学で植村さんの教え子だった韓国人学生もソウルから駆けつけ、「植村先生のバッシングはあまりに非常識なのに、日本言論はなぜ扱わないのか」。

続いて札幌の渡辺達生弁護士が、札幌訴訟(被告・櫻井よしこ氏&新潮社など3社)の現状を報告。「(東京地裁へ審理を移すよう櫻井氏側が求め札幌高裁に退けられた)移送問題で、櫻井氏側が最高裁に特別抗告(という不服申し立て)を行い、その結果待ちで長引いているが、おそらく年明けには札幌地裁で第1回弁論が行われることになるのではないか」との見通しを語った。

角田弁護士

最後に、この日の第3回口頭弁論について、角田由紀子弁護士から分かりやすい説明があった。角田弁護士は、「裁判官には、植村さんたち当事者が受けた被害がどれほど大変なことだったか、その被害の質を理解してもらうことが大事だ」と強調した。

2015年10月16日金曜日

奥田愛基さんへの脅迫事件についての声明・植村隆:植村隆名誉毀損札幌訴訟弁護団


言論活動に対する脅迫事件に強く抗議する声明 

                     2015年10月16日

植村隆名誉毀損札幌訴訟弁護団

弁護士 伊 藤 誠 一 

弁護士 秀 嶋 ゆかり 

弁護士 渡 辺 達 生 

弁護士 小野寺 信 勝 

その他弁護団有志一同

 
  安保関連法案に反対する学生団体「SEALDs(自由と民主主義のための学生緊急行動、シールズ)」の奥田愛基氏に、殺害を予告する脅迫状が届けられた。報道によれば、本年9月24日、奥田氏宛てで、「お前と家族を殺害する」など手書きで書かれた封書が、奥田氏の在籍する明治学院大学に届いたという。殺害予告の理由は書かれていなかったが、奥田氏がSEALDsの中心メンバーであったことに照らせば、奥田氏やSEALDsの主張や活動に批判的な者により、奥田氏やSEALDsの活動や言論妨害する意図でされたものであろう。

  奥田氏への脅迫は、植村氏が置かれている状況と共通するものである。植村氏は、1991年8月11日付朝日新聞大阪本社版社会面に、はじめて従軍慰安婦として名乗り出た金学順さんの記事を書いたが、記事の中で「『女子挺(てい)身隊』の名で戦場に連行」と書いたことで、一部週刊誌やインターネット上で激しい誹謗中傷に晒され、植村氏本人や家族への殺害予告や植村氏が勤務する北星学園大学関係者への脅迫が行われている。

  また、本年6月ころには、安保法制を合憲と意見表明した憲法学者に対してもインターネット上に殺害を予告する書き込みがなされている。

  自己の主義主張や嗜好に反する言論行為に対して、言論ではなく、暴力をもって対峙して、その言論をなきものにしようとする点は問題である。民主主義社会は、相反する考え方や意見を闘わせることによって成熟していくものである。いかなる言論であれ暴力をもって封殺する行為は、表現の自由の否定であり、ひいては民主主義の破壊である。私たちはこのような行為は断じて許すことはできない。

  また、奥田氏と植村氏の事件では、在籍する大学に脅迫文が届けられている。いずれも外部から大学に圧力を与える点で共通している。明治学院大学は今回の事態を受けて「言論の自由に対して許しがたいこと」と声明を出したが、その姿勢からは暴力に屈しない決意が伺われ、高く評価する。大学には、大学の自治や学問の自由という崇高な理念は守られなければならない。そのために我々にできることがあれば協力は惜しまない。

  これらの脅迫事件は、植村氏が置かれた状況と同様に、日本社会を覆う排他と不寛容の空気を象徴する事件であり、自由や民主主義への強い危機感を抱かざるを得ない。私たちは、暴力により自由と民主主義を破壊しようとする者たちと対峙することを決意するとともに、自由や民主主義を愛する市民にともに声をあげることを求める。
                               以 上

2015年10月2日金曜日

奥田愛基さんへの脅迫事件についての声明・植村隆東京訴訟弁護団

奥田愛基さんへの脅迫事件についての声明


2015年10月2日

            植村隆東京訴訟弁護団
弁護士  中山 武敏
弁護士  黒岩 哲彦
弁護士  海渡 雄一
弁護士  角田 由紀子
弁護士  神原  元
外 弁護団一同

 私たちは、元朝日新聞記者植村隆氏が週刊文春の記事を巡って同誌を発行する株式会社文藝春秋他1名を提訴した事件の弁護団である。
報道によれば、本年9月26日、奥田愛基さんとその家族に対する殺害予告が、奥田さんが在籍する明治学院大学に届けられた。殺害する理由や政治的主張は書かれていなかったというが、奥田さんが安全保障関連法に異を唱えてきた学生グループ「SEALDs(自由と民主主義のための学生緊急行動、シールズ)」の中心メンバーであることからすれば、奥田さんの活動を妨害する目的での犯行の可能性がある。そして、奥田さんがこのことをツイッターで公表すると、ツイッターには、犯罪を賞賛したり、奥田さんに意見を変えるよう求める意見が多数書き込まれた。SEALDsの他の学生メンバーもインターネットに暴言や中傷を多数書き込まれる被害に遭っているという。事件と同時期に「週刊新潮」が奥田さんの生い立ちや父親の活動を批判的に報道しているが、この報道はバッシングをさらに煽りかねない危険を孕んでおり見過ごせない。一連の事態は、民主主義の根幹である言論の自由に対する挑戦であり、許しがたいと言わなければならない。
奥田さんやSEALDsのメンバーが受けた被害は、植村隆氏が受けた被害と酷似している。植村氏は1991年に書いた慰安婦問題の記事がきっかけで週刊文春から「捏造記事」などの中傷を受け、これに影響された人々から、ネットでの嫌がらせ、職場や家族への脅迫を受けた。批判する相手の家族関係を調べ上げて攻撃する週刊誌の手口も共通しているし、家族に対してまで殺人を予告する脅迫犯人の手口も酷似している。このように、奥田さんやSEALDsのメンバーが受けた被害は、植村氏が受けた被害と同様、日本社会が陥っている危機的状況を反映したものとして、強い懸念を抱かざるを得ない。
このような危機を打開するためには、広範な市民が、自由と民主主義を守るという一致点で連帯し、これを脅かす如何なる脅しも許さないという断固たる姿勢を示すことが必要である。私たちは、捜査機関に対し、奥田さんの事件についての徹底的な捜査を求めるとともに、自由と民主主義を求める広範な市民が、自由の敵である脅迫者たちに対して、ともに声を上げていくことを呼びかけるものである。
以上 

2015年10月1日木曜日

殺害予告を受けたシールズの奥田愛基さんへのメッセージ(植村隆)



〈奥田愛基さんと家族への「殺害予告」は絶対に許せない〉
 
シールズの奥田愛基さんと家族への殺害予告は犯罪だ。
同じような被害を受け続けている私は、この卑劣な犯罪行為を見過ごすことはできない。
 
奥田さんは、シールズの中心メンバーとして安保関連法案に反対し続けてきた。
この国には、自分たちにとって不都合なことを言う人を力づくで黙らせようとする勢力が存在する。
 
私は1991年、韓国で元日本軍慰安婦が被害証言を始めたという記事を書いたことで、一部メディアやネットでバッシングされてきた。
私が神戸の大学に転職が決まったことが「週刊文春」で昨年1月末に報じられたことをきっかけに、一気にエスカレートした。
 
私を慰安婦問題の捏造記者だとする 「週刊文春」の記事はネットで拡散し、大学側に抗議電話やメールなどが相次いだことで、私は転職先を失った。
非常勤講師を務める北星学園大学にまで脅迫状がきた。
私だけでなく、高校生の娘は名指しで殺害予告を受けた。
 
たとえ、自分と異なる意見の持ち主だとしても、それを脅迫という暴力で封じ込めようとする行為はあってはならない。
 
安倍首相には、「日本は民主主義の国だ。奥田さんへの脅迫は私が許さない」と言ってほしい。
意見が違っても、奥田さんの言論の自由を守る姿勢を示してほしい。
毅然とした政権の姿勢が、卑劣な行為の抑止になる。
 
奥田さん、ひるまず、ますますがんばってほしい。
私も負けない、ひるまない。
 
2015年10月1日
 
植村 隆(元朝日新聞記者・北星学園大学非常勤講師)

2015年9月29日火曜日

東京訴訟第3回口頭弁論を傍聴しましょう!報告集会では中野晃一さんも講演します‼

■植村裁判 東京訴訟第3回口頭弁論■

(日時)2015 年10月26日 午後3時~3時30分(予定)
*傍聴券の抽選が予想されます。午後2時15分までに裁判所前へお集まりください。

(場所)東京地方裁判所 103 号法廷
  地下鉄 丸の内線・日比谷線・千代田線「霞ヶ関」駅A1出口から徒歩1分
   →地下鉄 有楽町線「桜田門」駅5番出口から徒歩約3分

■報告集会■

(日時)2015 年10月26日 午後4時~6時
(会場)参議院議員会館(東京都千代田区永田町2-1-1 )
  →地下鉄 有楽町線・半蔵門線・南北線 「永田町」 駅1番出口からすぐ
   →地下鉄 丸ノ内線・千代田線 「国会議事堂前」 駅1番出口から徒歩5分

*第 1 部 : 講演 中野晃一さん(上智大学教授・政治学)
   「右傾化する日本政治と植村さんへの攻撃」
   →最近、注目度アップの若手研究者。近著『右傾化する日本政治』 (岩波新書) が 大きな反響を呼んでいる。

*第 2 部 : 植村隆さんによる特別報告
   「VS.産経新聞+韓国訪問を終えて」

*弁護団からの報告もあります。




     

2015年9月26日土曜日

「リテラ」最新記事ー産経新聞「従軍慰安婦報道」のみっともない真実(1)(2)


産経新聞は7月に行った植村隆さんへのインタビューの詳報を、8月29日から10回にわたってネット版へ掲載しました。

今回「リテラ 本と雑誌の知の再発見」のサイトでは9月25日と26日で、これを取り上げています。
植村さんへのインタビュー詳報を見逃した方、ぜひ、ご覧ください。

また、植村応援隊のフェイスブックてもご覧いただけます。
https://www.facebook.com/makerunauemura3

2015年9月13日日曜日

植村隆氏の札幌地裁での賠償訴訟ー櫻井よしこ氏側が特別抗告

過日、札幌高裁は、東京への移送を取り消す決定をしたことは、のサイトでもご報告したところです。

ところが、被告側が「札幌高裁の決定」を不服として最高裁へ特別抗告、札幌高裁へ許可抗告しました。

 ※特別抗告と許可抗告についてはこのサイトが参考になります。
http://www.courts.go.jp/hiroshima-h/saiban/tetuzuki/qa/index.html#QA1


札幌弁護団では、この抗告があったことにより、裁判の開始は来年(年度内)になるのではないかと予測しています。

札幌訴訟の開始はさらに遅れることになりましたが、今後とも応援をよろしくお願い申し上げます。

なお、読売新聞オンラインで以下のように報道されました。

YOMIURI ONLINE
櫻井よしこ氏側が特別抗告…植村隆氏の賠償訴訟
2015年09月08日09時04分

 元朝日新聞記者の植村隆氏(57)がジャーナリストの櫻井よしこ氏と出版3社に計1650万円の損害賠償などを求めた訴訟で、東京地裁への審理の移送申し立てを退けた札幌高裁の決定を不服として、櫻井氏側が最高裁に特別抗告を申し立てた。

  札幌高裁には最高裁への許可抗告を申し立てた。申し立ては4~5日付。


http://www.yomiuri.co.jp/national/20150907-OYT1T50078.html?from=yartcl_outbrain1

2015年9月10日木曜日

『週刊金曜日(9/4』は植村さん情報が満載です

先週末に発売された『週刊金曜日(9/4』は、朝日新聞バッシング1年の特集。植村さんに直接関係した記事が3本、関連する記事が2本もあります。
ぜひ目を通してください。



1.「『挺身隊=慰安婦』報道を非難する側の虚構」吉方べき(言語心理学者・ソウル)

 「挺身隊」と「慰安婦」の混同の起源と定着への歴史的経緯を、資料を分析してい紹介。サンケイ(当時)書籍が与えた影響というスクープもあります。



2.「植村隆氏への攻撃、いまだ止まず」長谷川綾(北海道新聞記者)




3.「『捏造』論が事実でないと認めた西岡力氏」神原元(植村さん東京訴訟の弁護団事務局長)

 
4.対談「放言と妄言で彩られた右派論壇20年」 能川元一(大学非常勤講師)と早川タダノリ(編集者)
右派雑誌のヘイト広告を系統的にとりあげる本『憎悪の広告』の共著者による対談。



5.「私が『慰安婦』を撮り続ける理由」安世鴻(アン・セホン、慰安婦写真展をニコンに中止された写真家)

 

2015年9月1日火曜日

札幌高裁が東京地裁への移送決定を取り消しました

桜井よしこ氏と新潮社など3社を被告とする名誉棄損訴訟について、札幌地裁が東京地裁への移送を決定したため、札幌弁護団は札幌高裁へ抗告しておりました。

本日、札幌高裁が移送を認めた札幌地裁決定を取り消しました
(8月31日・午前10時30分)

札幌弁護団と植村さんがその後の記者会見で発表した声明とコメントを掲載します。
今後とも応援、よろしくお願い申し上げます。
※署名活動へ取り組んでくださった皆様、ありがとうございました。
札幌弁護団の声明
植村さんの記者へのコメント




記者会見で配布された資料P1

記者会見で配布された資料P2
記者会見で配布された資料P3

記者会見で配布された資料P4

2015年8月16日日曜日

植村さん、金学順さんの墓前へ。ナヌムの家も訪問。

金学順さんの墓前で(天安・望郷の丘)
  国際シンポジウム参加のため、8月12日からソウルに滞在している植村隆さんが15日午前、元慰安婦の故・金学順さんが眠る望郷の丘(韓国中部・天安)を訪ね、初めての墓参を果たしました。
 地元テレビの取材に対し、植村さんは「金学順さんが勇気を絞り名乗り出たことで、慰安婦の事実が知られるようになった。『うそつき』『売春婦』と名誉を傷つけられているのは絶対許せない」と、改めて思いを語りました。
 午後は京畿道広州市にある「ナヌムの家」で、3人の元慰安婦ハルモニと面会。ナヌムの家は約10人の元慰安婦が共同生活を送る福祉施設で、ハルモニたちは植村さんへ「がんばってね」「安倍は許せん」など声をかけました。
 また「ナヌムの家」の安信権・所長は「様々な攻撃を受けて、日本で大変な暮らしをされているのではと心配している」と植村さんを気遣いました。
植村さんはあと数日、ソウルへ滞在する予定です。






2015年8月14日金曜日

(朝鮮日報日本語版) 植村隆氏「慰安婦がねつ造だとする勢力と闘う」

(朝鮮日報日本語版) 植村隆氏「慰安婦がねつ造だとする勢力と闘う」朝鮮日報日本語版 8月14日(金)8時40分配信

 「皆さん、私は(慰安婦問題を)ねつ造した記者ではない。不当な攻撃には絶対に屈しない」

 50代の日本人ジャーナリストは日本語で「絶対に」と言う時、力を込めた。24年前の1991年、元従軍慰安婦の金学順(キム・ハクスン)さん=故人=の証言を初めて日本の有力紙・朝日新聞で報道したという理由で、日本の極右勢力から非難され、脅迫を受けてきた元同紙記者の植村隆氏(57)だ。

 14日にソウル市内で開かれるシンポジウム「戦争と暴力の世紀の女性を考える」に出席するため韓国に来た植村氏。13日に記者会見を行った。同氏が韓国で記者会見をするのは初めてだ。会見場に集まった記者約50人のうち、半数以上が日本の記者だった。

 植村氏は「金学順さんの墓の前で『ジャーナリストとしてあらためて慰安婦問題にしっかり取り組む』と誓いたい」という言葉で会見を始めた。元慰安婦の証言を初めて報道しながら、極右勢力から非難を浴びて遠ざかっていた慰安婦問題を再びきちんと取材し、研究するという宣言だ。同氏は1991年8月11日、「思い出すと今も涙 元朝鮮人従軍慰安婦 戦後半世紀重い口開く」という見出しで証言記事を書いた。その3日後、金学順さんが実名を公表し、ソウルで記者会見を開いた。この会見が長年埋もれていた元慰安婦約200人の証言を引き出すきっかけになった。

 しかし、植村氏は極右勢力の「公共の敵」になった。極右勢力は「慰安婦」でなく「挺身隊」という言葉を使ったという理由で同氏を「ねつ造記者」とののしった。同氏は「当時は慰安婦を指す言葉が一般化していなかったため、ほかの報道機関も『挺身隊』と『慰安婦』を混用していた」と説明した。昨年2月にある日本の週刊誌が植村氏について「“慰安婦捏造”朝日新聞記者がお嬢様女子大教授に」という記事を掲載してから、同氏はテロの脅迫も受けた。その報道で同氏を専任教授として任用する予定だった神戸松陰女子学院大学に「任用を取り消せ」という抗議のメールや電話が殺到、教授任用は結局白紙となった。植村氏は「最初は私の説明をきちんと聞いてくれなかった大学に腹が立ったが、時間が経つにつれて大学も被害者だと思えてきた」と語った。
 現在非常勤講師を務めている北海道の北星学園大学も事情は同じだ。植村氏は記者会見で、何者かが大学に送った脅迫はがきを公表した。「出て行け、この学校から! 日本から出て行け! 売国奴!」 「日本で稼がずに好きな韓国に行け」などと書かれていた。さらに、同氏の娘も極右勢力の脅迫に悩まされているという。インターネットのサイトに娘の実名を出して「この子の父親のせいでどれだけ多くの日本人が苦労していることか。自殺するまで追い込むしかない」などの書き込みが頻繁にアップされ、娘が通う大学には「どこに逃げようと殺してやる。必ず殺す」というはがきが届いたという。

 それでも植村氏は「極右勢力の非難に苦しみ、孤独だったのは事実だが、再び1991年に戻っても同じ記事を書く。あの記事のおかげで私を支援する数多くの市民に会うことができたし、世間に慰安婦問題を伝えることができたからだ」と言った。同氏は今後、積極的な対応に出るとしている。このほど「ねつ造記者」と非難したジャーナリストや教授を相手取り訴訟を起こした。「私は韓国のために記事を書いたものではない。歴史的真実を明らかにするため、歴史的事実を書いただけだ」と語った。
戦争と女性の人権問題の国際シンポジウムに招かれ、12日にソウル入りした植村隆さんは13日、ソウル市内の東北アジア歴史財団で日韓の記者を対象に記者会見しました。
韓国各紙に加え、日本各紙のソウル特派員も出席。韓国各紙が記事を出したほか、時事通信、産経新聞が速報を流しています。
【時事通信】
「バッシングに屈しない」=慰安婦報道で元朝日記者
時事通信 8月13日(木)19時42分
【ソウル時事】元朝日新聞記者で従軍慰安婦報道に関わった北星学園大(札幌市)非常勤講師の植村隆氏が13日、ソウルで記者会見し、「不当なバッシングには絶対に屈しない」と強調した。

植村氏は「1991年の記事で、当時韓国で慰安婦の意味で使われていた『挺身(ていしん)隊』という言葉を使った。それが原因で『捏造(ねつぞう)だ』などと激しいバッシングを受けてきた」と説明。「当時は他のメディアも同様の表現を使っていた。私は捏造記者ではない」と述べた。また、「勤務先の大学だけでなく、家族まで脅迫される異常な事態になった。攻撃の異常さが違う」と訴えた。
【産経新聞】
http://www.sankei.com/world/print/150813/wor1508130026-c.html
2015.8.13 18:40
【歴史戦】植村隆元朝日記者「捏造でないことが証明されれば、有名記者になる」 ソウルで記者会見
 【ソウル=名村隆寛】元朝日新聞記者で慰安婦報道に関わった北星学園大(札幌市)の非常勤講師、植村隆氏が13日、ソウル市内で記者会見し「私は捏造記者ではない。不当なバッシングには絶対に屈しない」とあらためて強調した。
植村氏の会見は、韓国政府系機関の東北アジア歴史財団の会議室で行われた。
植村氏は、自らが1991年に書いた記事で、当時韓国で慰安婦の意味で使われていた「挺身隊」という表現を使ったことが「日本国内で『ねつ造だ』などと批判を受けてきた」と主張。「当時、他のメディアも同様の表現を使っていたにも関わらず、私だけが標的とされた」とし、「日本の異常なジャーナリズムの状況」として批判した。
自らの報道への批判をめぐり、名誉毀損の訴訟を起こした植村氏は「(自分の記事が)ねつ造でないことが証明されれば、(自分は)ひとりの有名な記者になる」と述べた。
さらに「こんな些細なことで騒ぐことは慰安婦に対する冒涜(ぼうとく)であり、慰安婦の尊厳のためにも負けられない」とも語った。

2015年8月11日火曜日

2015年8月5日水曜日

植村隆さんと弁護団が移送決定取り消しを求める抗告と署名について記者会見

 
「植村さん名誉棄損訴訟(被告:桜井よしこ氏ほか)の東京移送」の取り消しを求め、札幌弁護団は7月31日に札幌高裁へ抗告書を提出しました。


弁護団事務局長の小野寺弁護士と植村さん(司法記者クラブ)
 また同じ日、北星学園大学卒業生有志の呼びかけで集まった署名、2264筆も高裁へ提出されています。国内のみならず中国、アメリカ、フランス、ドイツからも届いたとのことです。

 ところが、提出後にも180筆にのぼる署名が届き、8月3日、高裁あて追加で提出されました。
 2週間ほどの短い期間にも拘わらず、移送取り消しを求める署名が2444筆にもなったのです。

応援してくださる多くの方々のご協力の賜物です。


 植村さん、そして弁護団もこのことに驚き、感謝を示す機会にもなると、移送に関して初めての記者会見を開きました。


 これまでの経過、移送決定の根拠の不当性などを訴えるともに、提出された署名について感謝を込めて報告しました。


2015年7月25日土曜日

中島岳志先生の北大最後のゼミで植村さんが講義。日本の国公立大学では初めて。

 015年7月21日の午後、北海道大学公共政策大学院の中島岳志ゼミで、植村さんが講師を務め、バッシングの経緯や誹謗中傷への反証のほか、韓国とのつながりや記者時代に取材したテーマなどについて、熱く語りました
  アメリカでは6大学で8回の授業や講演を行った植村さんですが、これまで日本の大学ではなかなかその機会がなく、国公立大学ではこれが初めてとなります。



 この日は、東京工業大学への移籍が決まった中島岳志准教授の最後の授業でもあり、北海道新聞でも紹介されました。

2015年7月18日土曜日

札幌地裁からの移送決定の取り消しを求める署名活動へご協力ください(送り先追加されました)

札幌弁護団は次のように訴えています。
*******札幌弁護団より********
私たちは、札幌地方裁判所に名誉毀損訴訟を起こしましたが、札幌地方裁判所は、被告らの移送申立てを受けて、東京地裁に移送する決定をしました。
その理由は、被告らの関係者は東京周辺に在住していることや被告らが札幌に出廷する期日調整が困難であるといった技術的理由から、東京地裁に移送を決定しました。
  しかし、非常勤講師である植村さんと著名なジャーナリストや出版社の経済格差は明らかです。しかも、植村さんは名誉毀損の被害者であり、その名誉毀損によって職を失った方です。
それにも関わらず、植村さんと弁護団に毎回、東京に出廷を求めることは極めて不公平です。また、移送決定は、マスメディアによる一市民に対する名誉毀損事件を事実上東京地裁の専属管轄とする結果を招く先例となる無謀かつ極めて不当な決定です。
植村さんの被害の実態を十分に審理するためには、裁判は地元である札幌地裁で行うことが必要ですし、最もふさわしいと考えられます。そこで、私たちは札幌高等裁判所に抗告し、現在、審理されています。
この裁判は、札幌の弁護士を中心に107名もの弁護士が代理人となっています。
植村さんの名誉を回復するためであることは言うまでもありません。慰安婦問題をなきものにしたい者たちによって「捏造記者」のレッテルを貼られ、過去の言動をなきものにされようとしている言論の自由、脅迫や圧力等による大学の人事介入や大学の自治、学問の自由の危機。こうした自由の危機的状況を象徴する事件だと考えているからです。
植村訴訟は、私たちは札幌地裁での審理を求めていますが、残念ながら札幌地裁は不当にも東京地裁への移送を決定してしまいました。札幌高裁の判断も予断を許しません。
しかし、仮に、東京地裁に移送された場合であっても、講演会や裁判報告集会などを企画して、みなさんに裁判の状況をご報告したいと考えています。また、植村さんの名誉回復や今日の事態を打開するためには市民の皆様のご支援も必要になります。今後ともぜひ応援をよろしくお願いします。
****************************
署名用紙・印刷用
このような訴えを受け、その決定の取り消しを求める署名活動が始まりました。是非ご協力をお願いいたします。
高裁の決定が迫っていることから、遅くても7月27日までに、以下へ郵送していただき 〒060-0042
札幌市中央区大通西12丁目
北海道合同法律事務所気付
北星学園大学卒業生有志一同 

★集まった署名の送り先に、FAXとメール(スキャンした用紙を添付)が追加されました。
よろしくお願いします。
FAX:011-231-3444
メール:uemurasaiban.sapporo@gmail.com
どうかよろしくお願いいたします。

2015年7月17日金曜日

札幌訴訟の状況についてー札幌弁護団から

*********札幌弁護団より*************

1 はじめに
  2015年2月10日、朝日新聞元記者で北星学園大学非常勤講師の植村隆さんを原告として、ジャーナリストの櫻井よしこ氏、週刊新潮や週刊ダイヤモンド、雑誌WiLLを発行する出版社らに対して、名誉毀損を理由として謝罪広告の掲載や損害賠償の支払いを求める訴訟を札幌地裁に起こしました。

2 植村隆さんに対する誹謗中傷
  植村さんは、1991年8月11日付朝日新聞大阪本社版社会面に、はじめていわゆる従軍慰安婦として名乗り出た金学順さんの署名記事を書きました。その記事は「『女子挺(てい)身隊』の名で戦場に連行」というものでした。植村さんはこの24年も前の記事を巡り「捏造記者」という汚名を着せられ、激しい誹謗中傷に晒されています。
  植村批判は、勤労動員する「女子挺身隊」と無関係の従軍慰安婦とを意図的に混同させ、日本が強制連行したかのような記事にしたなどというものです。
  しかし、植村さんが記事を書いた当時、韓国では「挺身隊」という言葉は「慰安婦」を意味し、日本のメディアにおいても踏襲されていました。朝日新聞だけでなく、読売新聞、産経新聞などの他紙も慰安婦のことを「挺身隊」と表記していました。このように植村批判は全くの的外れであり、慰安婦問題にとって全く本質的な批判ではありません。朝日新聞の2014年8月5日の検証記事でも植村さんの記事に「意図的な事実のねじ曲げなどありません」と結論付けられました。
  ところが、植村さんへの誹謗中傷は止むどころか、日ごとに高まるばかりでした。北星学園大学にはいやがらせ電話や手紙が寄せられ、「あの元朝日(チョウニチ)新聞記者=捏造朝日記者の植村隆を講師として雇っているそうだな。売国奴、国賊の。植村の居場所を突き止めて、なぶり殺しにしてやる。すぐに辞めさせろ。やらないのであれば、天誅として学生を痛めつけてやる」などの脅迫文も多く届いています。さらに、脅迫は植村さんの家族にまで及んでいます。インターネットには娘さんの写真が晒され、コメントには「こいつの父親のせいでどれだけの日本人が苦労したことか。親父が超絶反日活動で何も稼いだで(原文ママ)贅沢三昧で育ったのだろう。自殺するまで追い込むしかない」「なんだまるで朝鮮人だな。ハーフだから当たり前か。さすが売国奴の娘にふさわしい朝鮮顔だ」などと極めて下品な書き込みが溢れています。

3 櫻井よしこ氏による憎悪の扇動
  ジャーナリストの櫻井よしこ氏は、植村さんや家族、北星学園大学が、このように脅迫や暴力の恐怖に晒されていることを知りながら、雑誌やインターネット上で植村さんの記事が「捏造」であると誹謗中傷を繰り返し、さらに教員の適格性がないと人格非難まで続けています。
  たとえば、「若い少女たちが強制連行されたという報告の基となったのが「朝日新聞」の植村隆記者の捏造記事である」「こんな人物に、はたして学生を教える資格があるのか、と。一体、誰がこんな人物の授業を受けたいだろうか」というように。
  それどころか「植村氏を教壇に立たせて学生に教えさせることが大学教育のあるべき姿なのか、と北星学園大学にも問いたい」と、北星学園大学を中傷する発言さえあります。
  ジャーナリストであるならば、植村さんの言論活動が暴力により否定されそうな事態に対して、立場を超えて脅迫者らを非難すべきです。ところが、櫻井氏は「社会の怒りを掻き立て、暴力的言辞を惹起しているものがあるとすれば、それは、朝日や植村氏の姿勢ではないでしょうか」などと、あたかも暴力行為を正当化するかのような言説まで振りまいています。
  櫻井氏の社会的影響力に照らせば、その言動が植村さんに向けられた憎悪を煽るものだと言うことができると思います。私たちは提訴前に櫻井氏に対して記事の訂正と謝罪を求めましたが、櫻井氏はそれを拒否したため、名誉回復のためにやむを得ず訴訟を提起することになりました。

4 移送決定
  このような経緯から、私たちは、札幌地方裁判所に名誉毀損訴訟を起こしましたが、札幌地方裁判所は、被告らの移送申立てを受けて、東京地裁に移送する決定をしました。その理由は、被告らの関係者は東京周辺に在住していることや被告らが札幌に出廷する期日調整が困難であるといった技術的理由から、東京地裁に移送を決定しました。
  しかし、非常勤講師である植村さんと著名なジャーナリストや出版社の経済格差は明らかです。しかも、植村さんは名誉毀損の被害者であり、その名誉毀損によって職を失った方です。それにも関わらず、植村さんと弁護団に毎回、東京に出廷を求めることは極めて不公平です。また、移送決定は、マスメディアによる一市民に対する名誉毀損事件を事実上東京地裁の専属管轄とする結果を招く先例となる無謀かつ極めて不当な決定です。
  植村さんの被害の実態を十分に審理するためには、裁判は地元である札幌地裁で行うことが必要ですし、最もふさわしいと考えられます。そこで、私たちは札幌高等裁判所に抗告し、現在、審理されています。

4 植村事件は「自由」を守る闘い
  この裁判は、札幌の弁護士を中心に107名もの弁護士が代理人となっています。

  植村さんの名誉を回復するためであることは言うまでもありません。慰安婦問題をなきものにしたい者たちによって「捏造記者」のレッテルを貼られ、過去の言動をなきものにされようとしている言論の自由、脅迫や圧力等による大学の人事介入や大学の自治、学問の自由の危機。こうした自由の危機的状況を象徴する事件だと考えているからです。
  植村訴訟は、私たちは札幌地裁での審理を求めていますが、残念ながら札幌地裁は不当にも東京地裁への移送を決定してしまいました。札幌高裁の判断も予断を許しません。
  しかし、仮に、東京地裁に移送された場合であっても、講演会や裁判報告集会などを企画して、みなさんに裁判の状況をご報告したいと考えています。また、植村さんの名誉回復や今日の事態を打開するためには市民の皆様のご支援も必要になります。今後ともぜひ応援をよろしくお願いします。

2015年7月1日水曜日

東京訴訟第2回口頭弁論 (2015年6月29日)

植村隆さん名誉棄損裁判の東京訴訟第2回口頭弁論が6月29日(月)午後3時から東京地裁103号法廷で開かれた。
地裁前で、小林弁護士、中山弁護士と
廷内の傍聴席から見て左側の原告・弁護団席。開廷の15分前には、最前列に植村さんはじめ、中山武敏、穂積剛、小林節、神原元の各弁護士が着席し、後ろの列にも黒岩哲彦弁護士、角田由紀子弁護士らが陣取った。宇都宮健児弁護士らも続々駆けつけ、この日顔を見せた弁護団は18人となった。
対する右側の被告・弁護団席には、喜田村洋一弁護士ら2人の代理人が席に着いた。喜田村弁護士は、ぽっちゃりした体格。やや伸びた白いあごひげをなでて悠然と構える。98の傍聴席は、第一回に続きこの日も満席となった。

小林節弁護士の意見陳述 
3時、裁判官3人が入廷した。「それでは手続きを始めます」と裁判長。まず準備書面や書証の提出を確認した。
すぐに原告弁護団の小林節弁護士(慶応大名誉教授・憲法)が立ちあがり、「本件訴訟の意義」を、口頭で要旨次のように述べた。じゅんじゅんと説く静かな口調だった。

「私が植村さんの弁護団に加わり会見にも出たところ、旧知の右翼団体幹部から電話があって『植村という売国奴といつから友達になった』と言われた。そこで彼ら数人に会い、この裁判の書面を渡して『ともかく10分間読んでほしい。そのあとディスカッションしよう』と読んでもらった。半分は知的に納得してくれた。半分は『お前が言うなら信じる』ということで終わった」
「私たちは歴史的問題としての慰安婦について論争する意図はありません。私どもがここにいるのは、植村隆さんへの名誉毀損、それにご家族に対する人格侵害のことに関心があるからです。論点は、事実認識の問題として、植村さんは捏造記者であるか否かの一点です。つまり、ありもしない事実を作り上げて報道したのか否かだけです。私が資料を読む限り、植村さんが記事を執筆した当時、韓国において『挺身隊』と『慰安婦』は混用されていた。植村さんも混用したが、我が国の他の複数のマスコミも混用していた。それが後に峻別されるようになって、立証もせず「捏造だった」と決めつける。イデオロギー論争で勝手に相手を決めつけるのは、むなしい論争だ。そういう決めつけがなされていたと確認した。決めつけた側に悪意があり、植村さんの名誉が傷ついた典型的な名誉棄損です」

「『植村記者は捏造記者呼ばわりにも反論しなかったじゃないか』」という主張もあるが、私どもは他者から突然いわれなき批判を受けたとき、いちいち反論する義務はない。反論しないから『捏造』などと決めつけられるいわれもない」 「植村さんが『捏造記者』と言いつのられた結果、匿名の陰湿で危険な攻撃が、植村さんの家族や、息子の同姓の同級生にまで行われる。『捏造記者の娘だから』として、10代の女の子までが『自殺させる』などという攻撃をされた。私は、それを見過ごせません」
 「したがって、今は何よりも、植村さんに『捏造記者』とレッテルを張った原点を糺さなければならない。そうしてレッテルを取り除いた後にこそ、公平な歴史論争ができる。でなければ、歴史論争ではなくただの集団いじめになってしまう。被告には、植村さんが捏造記者だというなら証明していただき、証明ができないなら責任をとっていただく。そういう意図で弁護団に入りました。以上です」

穂積剛弁護士からの求釈明陳述
 続いて原告側の穂積弁護士が立ち上がり、被告側が提出した準備書面について、3点の釈明を求めた。
 第1点として、被告側の準備書面に被告の記述は「推論である」という表現がいくつもある点を指摘し、「推論とは、事実摘示か論評か」とただした。つまり、植村さんの記事を「捏造」などと記した西岡氏が、それを事実として書いたのならそれが真実であることなどを立証しなければならない。そうではなく、西岡被告は単なる論評、意見として書いたということにしようとするのか。そのどちらなのか、という点の確かめである。

 被告側の喜田村弁護士は、「私は原告側の求釈明の書面をけさ見たばかり。必要があれば改めて書面で回答したい」と、座ったままで答えた。これに対し穂積弁護士は、「平成10年の最高裁判決を喜田村弁護士はよくご存じのはず。ここで答えられるのでは」とたたみかけた。

  平成10年1月30日に最高裁第二小法廷は、三浦和義氏の朝日新聞社に対する名誉棄損訴訟で、「読書歴等から犯行動機を推論した記事は、推論結果を事実として摘示したものというべきだ」と判断している。この時の三浦氏の代理人が喜田村洋一弁護士(判決、http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=63041)。 しかし喜田村弁護士は「平成9年と10年に最高裁判断が出ている。ここで話しても生産的ではないので、書面でやりたい」と即答を避けた。裁判長も「(即答は)無理だと思いますよ」と述べ、後日書面で答えることになった。
 求釈明の第2点として、穂積弁護士は西岡論文の他のいくつか の部分を挙げ、これらについては「捏造したのは事実である」と主張するということか、と質問。これについても喜田村弁護は「検討したい」と、座ったままかわした。
 
 求釈明の第3点として、穂積弁護士は「被告は、真実性の抗弁あるいは真実相当性の抗弁を主張しないのか」と問うた。西岡氏が「捏造」と書いたことがもし「事実の摘示」であるのなら、西岡氏が責任を免れるためには、そのことが真実であったか、真実と信じるに足りる相当性があったことを立証しなければならない。そういう主張をするのか否か、と迫ったのである。
 喜田村弁護士は、「その部分については、もちろん対応いたします。ただ時間はかかります」と答えた。裁判長が「次回期日までは4カ月あるが、書面はいつになるか」と聞き、喜田村弁護士は「きょうはどういう順番で進むのか分からなかった。8月末くらいには(釈明等の)書面を出したい」と述べた。裁判長の「次回は10月26日午後3時から、この法廷で行います」との確認で、午後3時15分に閉廷した。
(司法クラブでの記者会見なし)       (K)


植村隆さん(元朝日新聞記者)を応援するサイトです。

1991年に書いた「従軍慰安婦」に関する2本の署名記事。23年後に「捏造」のレッテルを貼られ、植村さんは言論テロとも言える攻撃を受けています。

非常勤講師として勤務する大学へも脅迫状や大量の抗議メール・電話が届き、高校生の娘さんはネット上で「自殺に追い込め」など脅しの言葉にさらされています。 言論で対抗してもデマの拡大は止まりません。

そこで、汚名を晴らし家族らの人権を守り、大学の安全をとり戻すため、2件の名誉棄損裁判を提訴しました。2015年1月、週刊誌で「捏造記者」とコメントした西岡力氏とその発行元を被告に東京地裁へ。同2月、西岡氏の言説を拡大し脅迫を肯定するような記事まで書いた櫻井よしこ氏と掲載した週刊誌などの発行元3社を被告に札幌地裁へ。

「植村応援隊」はこの裁判や植村さんの言論活動を応援するために、1月30日に結成されました。ぜひ一緒に応援してください。