2015年5月6日水曜日

ニューヨークでKorea Timesの取材を受けました。

NEW YORK, May 5 (UPI) -- A former Japanese journalist who received death threats for his investigation of "comfort women" said Tokyo should apologize for Japan's wartime past.
Takashi Uemura, who first reported on the women in 1991, said he has faced allegations of fabricating the truth from right-wing critics. Speaking at New York University on Monday, Uemura said press freedom has waned in Japan when it comes to the sensitive issue of Japan's wartime past.
"The attack against me is an attack on press freedom," Uemura said, according to TheKorea Times.
The former reporter was the first to write about the issue of comfort women in Japan on August 11, 1991. Three days later, a South Korean comfort woman, Kim Hak-soon, delivered a press conference in Japan where she admitted to being subjected to relentless sexual violence in Japanese military brothels.
Kim died in 1997.
Uemura said he has come under attack for his report, which was published more than 24 years ago. His antagonists have taken aim at him and family members, he said, even mentioning his 17-year-old daughter by name.
The Korea Times reported Uemura had received death threats that read, "We will kill you even if it takes years...will kill you even if you try to escape."
The president of Hokusei Gakuen University, where Uemura teaches, has also received condemnations. Uemura said historical revisionists claimed the president was complicit with Uemura and that they would harm the students and instructors at the university if measures were not taken to remove Uemura from the campus.
In an interview with Yonhap, Uemura said Japanese Prime Minister Shinzo Abe was wrong to stop short of an apology to the comfort women during his recent state visit to Washington.
"Some deny Japan forcibly recruited comfort women, that there is no evidence," said Uemura.
"But the fact remains there was sexual slavery at the comfort stations – a clear violation of human rights."

海外の日本研究の学者らによる「日本の歴史家を支持する声明」が関連MLのほか、安倍首相、およびいくつかのメディアへ発信されました

日本の歴史家を支持する声明  

 下記に署名した日本研究者は、日本の多くの勇気ある歴史家が、アジアでの 第二次世界大戦に対する正確で公正な歴史を求めていることに対し、心から の賛意を表明するものであります。私たちの多くにとって、日本は研究の対 象であるのみならず、第二の故郷でもあります。この声明は、日本と東アジ アの歴史をいかに研究し、いかに記憶していくべきなのかについて、われわ れが共有する関心から発せられたものです。  

 また、この声明は戦後七〇年という重要な記念の年にあたり、日本とその隣 国のあいだに七〇年間守られてきた平和を祝うためのものでもあります。戦 後日本が守ってきた民主主義、自衛隊への文民統制、警察権の節度ある運用 と、政治的な寛容さは、日本が科学に貢献し他国に寛大な援助を行ってきた ことと合わせ、全てが世界の祝福に値するものです。  
 しかし、これらの成果が世界から祝福を受けるにあたっては、障害となるも のがあることを認めざるをえません。それは歴史解釈の問題であります。そ の中でも、争いごとの原因となっている最も深刻な問題のひとつに、い わゆる「慰安婦」制度の問題があります。この問題は、日本だけでなく、韓 国と中国の民族主義的な暴言によっても、あまりにゆがめられてきました。 そのために、政治家やジャーナリストのみならず、多くの研究者もまた、歴 史学的な考察の究極の目的であるべき、人間と社会を支える基本的な条件を 理解し、その向上にたえず努めるということを見失ってしまっているかのよ うです。  

 元「慰安婦」の被害者としての苦しみがその国の民族主義的な目的のために 利用されるとすれば、それは問題の国際的解決をより難しくするのみならず、 被害者自身の尊厳をさらに侮辱することにもなります。しかし、同時に、彼 女たちの身に起こったことを否定したり、過小なものとして無視したりする ことも、また受け入れることはできません。二〇世紀に繰り広げられた数々 の戦時における性的暴力と軍隊にまつわる売春のなかでも、「慰安婦」制度 はその規模の大きさと、軍隊による組織的な管理が行われたという点におい て、そして日本の植民地と占領地から、貧しく弱い立場にいた若い女性を搾 取したという点において、特筆すべきものであります。  

 「正しい歴史」への簡単な道はありません。日本帝国の軍関係資料のかなり の部分は破棄されましたし、各地から女性を調達した業者の行動はそもそも 記録されていなかったかもしれません。しかし、女性の移送と「慰安所」の 管理に対する日本軍の関与を明らかにする資料は歴史家によって相当発掘さ れていますし、被害者の証言にも重要な証拠が含まれています。確かに彼女 たちの証言はさまざまで、記憶もそれ自体は一貫性をもっていません。しか しその証言は全体として心に訴えるものであり、また元兵士その他の証言だ けでなく、公的資料によっても裏付けられています。 「慰安婦」の正確な数について、歴史家の意見は分かれていますが、恐らく、 永久に正確な数字が確定されることはないでしょう。確かに、信用できる被
害者数を見積もることも重要です。しかし、最終的に何万人であろうと何十 万人であろうと、いかなる数にその判断が落ち着こうとも、日本帝国とその 戦場となった地域において、女性たちがその尊厳を奪われたという歴史の事 実を変えることはできません。  
歴史家の中には、日本軍が直接関与していた度合いについて、女性が「強制 的」に「慰安婦」になったのかどうかという問題について、異論を唱える方 もいます。しかし、大勢の女性が自己の意思に反して拘束され、恐ろしい暴 力にさらされたことは、既に資料と証言が明らかにしている通りです。特定 の用語に焦点をあてて狭い法律的議論を重ねることや、被害者の証言に反論 するためにきわめて限定された資料にこだわることは、被害者が被った残忍 な行為から目を背け、彼女たちを搾取した非人道的制度を取り巻く、より広 い文脈を無視することにほかなりません。  
日本の研究者・同僚と同じように、私たちも過去のすべての痕跡を慎重に天 秤に掛けて、歴史的文脈の中でそれに評価を下すことのみが、公正な歴史を 生むと信じています。この種の作業は、民族やジェンダーによる偏見に染め られてはならず、政府による操作や検閲、そして個人的脅迫からも自由でな ければなりません。私たちは歴史研究の自由を守ります。そして、すべての 国の政府がそれを尊重するよう呼びかけます。  

 多くの国にとって、過去の不正義を認めるのは、未だに難しいことです。第 二次世界大戦中に抑留されたアメリカの日系人に対して、アメリカ合衆国政 府が賠償を実行するまでに四〇年以上がかかりました。アフリカ系アメリカ 人への平等が奴隷制廃止によって約束されたにもかかわらず、それが実際の 法律に反映されるまでには、さらに一世紀を待たねばなりませんでした。人 種差別の問題は今もアメリカ社会に深く巣くっています。米国、ヨーロッパ 諸国、日本を含めた、十九・二〇世紀の帝国列強の中で、帝国にまつわる人 種差別、植民地主義と戦争、そしてそれらが世界中の無数の市民に与えた苦 しみに対して、十分に取り組んだといえる国は、まだどこにもありません。
  
 今日の日本は、最も弱い立場の人を含め、あらゆる個人の命と権利を価値あ るものとして認めています。今の日本政府にとって、海外であれ国内であれ、 第二次世界大戦中の「慰安所」のように、制度として女性を搾取するような ことは、許容されるはずがないでしょう。その当時においてさえ、政府の役 人の中には、倫理的な理由からこれに抗議した人がいたことも事実です。し かし、戦時体制のもとにあって、個人は国のために絶対的な犠牲を捧げるこ とが要求され、他のアジア諸国民のみならず日本人自身も多大な苦しみを被 りました。だれも二度とそのような状況を経験するべきではありません。  

 今年は、日本政府が言葉と行動において、過去の植民地支配と戦時における 侵略の問題に立ち向かい、その指導力を見せる絶好の機会です。四月のアメ リカ議会演説において、安倍首相は、人権という普遍的価値、人間の安全保 障の重要性、そして他国に与えた苦しみを直視する必要性について話しました。私たちはこうした気持ちを賞賛し、その一つ一つに基づいて大胆に行動 することを首相に期待してやみません。  

 過去の過ちを認めるプロセスは民主主義社会を強化し、国と国のあいだの協 力関係を養います。「慰安婦」問題の中核には女性の権利と尊厳があり、そ の解決は日本、東アジア、そして世界における男女同権に向けた歴史的な一 歩となることでしょう。  

 私たちの教室では、日本、韓国、中国他の国からの学生が、この難しい問題 について、互いに敬意を払いながら誠実に話し合っています。彼らの世代は、 私たちが残す過去の記録と歩むほかないよう運命づけられています。性暴力 と人身売買のない世界を彼らが築き上げるために、そしてアジアにおける平 和と友好を進めるために、過去の過ちについて可能な限り全体的で、でき得 る限り偏見なき清算を、この時代の成果として共に残そうではありませんか。   

署名者一覧(名字アルファベット順)  ダニエル・オードリッジ(パデュー大学教授)  ジェフリー ・アレクサンダー(ウィスコンシン大学パークサイド校准教授)   アン・アリソン(デューク大学教授)  マーニー・アンダーソン (スミス大学准教授)  E・テイラー・アトキンズ(北イリノイ大学教授 )  ポール・バークレー(ラファエット大学准教授)  ジャン・バーズレイ(ノースカロライナ大学チャペルヒル校准教授)  ジェームズ•R・バーソロミュー (オハイオ州立大学教授)  ブレット・ド・バリー(コーネル大学教授)  マイケル・バスケット(カンザス大学准教授)  アラン・バウムラー(ペンシルバニア・インディアナ大学教授)  アレキサンダー・ベイ(チャップマン大学准教授)  テオドル・ベスター(ハーバード大学教授)  ビクトリア・ベスター(北米日本研究資料調整協議会専務理事)ダビンダー・ボーミック(ワシントン大学准教授)  ハーバート・ビックス(ニューヨーク州立大学ビンガムトン校名誉教授)  ダニエル・ボツマン(イェール大学教授)  マイケル・ボーダッシュ(シカゴ大学教授)  トマス・バークマン(ニューヨーク州立大学バッファロー校名誉教授)  スーザン・L・バーンズ(シカゴ大学准教授)  エリック・カズディン(トロント大学教授)  パークス・コブル(ネブラスカ大学リンカーン校教授)  ハルコ・タヤ・クック(ウイリアム・パターソン大学講師)  セオドア・クック(ウイリアム・パターソン大学教授)  ブルース・カミングス(シカゴ大学教授)  カタルジナ・シュエルトカ(ライデン大学教授)  チャロ・ディエチェベリー(ウィスコンシン大学マディソン校准教授)  エリック・ディンモア(ハンプデン・シドニー大学准教授)  ルシア・ドルセ(ロンドン大学准教授)  ロナルド・P・ドーア(ロンドン・スクール・オブ・エコノミックス名誉フ ェロー)  ジョン・W・ダワー(マサチューセッツ工科大学名誉教授)  マーク・ドリスコル(ノースカロライナ大学チャペルヒル校教授)  プラセンジット・ドアラ(シンガポール国立大学教授)  アレクシス・ダデン(コネチカット大学教授)  マーティン・デューゼンベリ(チューリッヒ大学教授)  ピーター・ドウス(スタンフォード大学名誉教授)  スティーブ・エリクソン(ダートマス大学准教授)  エリサ・フェイソン(オクラホマ大学准教授)  ノーマ・フィールド(シカゴ大学名誉教授)  マイルズ・フレッチャー(ノースカロライナ大学チャペルヒル校教授)  ペトリス・フラワーズ(ハワイ大学准教授)  ジョシュア・A・フォーゲル(ヨーク大学教授)  セーラ・フレドリック(ボストン大学准教授)  デニス・フロスト(カラマズー大学准教授)  サビーネ・フリューシュトゥック(カリフォルニア大学サンタバーバラ校教 授)  ジェームス・フジイ(カリフォルニア大学アーバイン校准教授)  タカシ・フジタニ(トロント大学教授)  シェルドン ・M・ ガ ロン(プリンストン大学教授)  ティモシー・S・ジョージ(ロードアイランド大学教授)  クリストファー・ガータイス(ロンドン大学准教授)  キャロル・グラック(コロンビア大学教授)  アンドルー・ゴードン(ハーバード大学教授)  ヘレン・ハーデーカー(ハーバード大学教授)  ハリー・ハルトゥニアン(ニューヨーク大学名誉教授)  長谷川毅(カリフォルニア大学サンタバーバラ校教授)  橋本明子(ピッツバーグ大学教授)  サリー・ヘイスティングズ(パデュー大学准教授)  トム・ヘイブンズ(ノースイースタン大学教授)  早尾健二(ボストンカレッジ准教授)  ローラ・ハイン(ノースウェスタン大学教授)  ロバート・ヘリヤー(ウェイクフォレスト大学准教授)  マンフレッド・ヘニングソン(ハワイ大学マノア校教授)  クリストファー・ヒル(ミシガン大学助教授)  平野克弥(カリフォルニア大学ロサンゼルス校准教授)  デビッド・ハウエル(ハーバード大学教授)  ダグラス・ハウランド(ウィスコンシン大学ミルウォーキー校教授)  ジェムス・ハフマン(ウイッテンバーグ大学名誉教授)  ジャネット・ハンター(ロンドン・スクール・オブ・エコノミックス教授)  入江昭(ハーバード大学名誉教授)  レベッカ・ジェニスン(京都精華大学教授)  ウィリアム・ジョンストン(ウェズリアン大学教授)  ジャン・ユンカーマン(ドキュメンタリー映画監督)  イクミ・カミニシ(タフツ大学准教授)  ケン・カワシマ(トロント大学准教授)  ウィリアム・W・ケリー(イェール大学教授)  ジェームス・ケテラー(シカゴ大学教授)  ケラー・キンブロー(コロラド大学ボルダー校准教授)  ミリアム・キングスバーグ(コロラド大学助教授)  ジェフ・キングストン(テンプル大学ジャパン教授)  ヴィキター・コシュマン(コーネル大学教授)  エミ・コヤマ(独立研究者)  エリス・クラウス(カリフォルニア大学サンディエゴ校名誉教授)ヨーゼフ・クライナー(ボン大学名誉教授)  栗山茂久(ハーバード大学教授)  ピーター・カズニック(アメリカン大学教授) トーマス・ラマール(マギル大学教授)  アンドルー・レビディス(ハーバード大学研究員)  イルセ・レンツ(ルール大学ボーフム名誉教授)  マーク・リンシカム(ホーリークロス大学准教授)  セップ・リンハルト(ウィーン大学名誉教授)  ユキオ・リピット(ハーバード大学教授)  アンガス・ロッキャー(ロンドン大学准教授)  スーザン・オルペット・ロング(ジョンキャロル大学教授)  ディビッド・ルーリー(コロンビア大学准教授)  ヴェラ・マッキー(ウーロンゴン大学教授)  ウォルフラム・マンツェンライター(ウィーン大学教授)  ウィリアム・マロッティ(カリフォルニア大学ロサンゼルス校准教授)  松阪慶久(ウェルズリー大学教授)  トレント・マクシー(アマースト大学准教授)  ジェームス・L・マクレーン(ブラウン大学教授)  ガビン・マコーマック(オーストラリア国立大学名誉教授)  メリッサ・マコーミック(ハーバード大学教授)  デイビッド・マクニール(上智大学講師、ジャーナリスト)  マーク・メッツラー(テキサス大学オースティン校教授)  イアン・J・ミラー(ハーバード大学教授)  ローラ・ミラー(ミズーリ大学セントルイス校教授)  ジャニス・ミムラ(ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校准教授)  リチャード・マイニア(マサチューセッツ州立大学名誉教授)  中村美理(ウェズリアン大学准教授)  ユキ・ミヤモト(デポール大学准教授)  バーバラ・モロニー(サンタクララ大学教授)  文有美(スタンフォード大学准教授)  アーロン・ムーア(マンチェスター大学准教授)  テッサ・モーリス=スズキ(オーストラリア国立大学教授)  オーレリア・ジョージ・マルガン(ニューサウスウェールズ大学教授)  リチャード・タガート・マーフィー(筑波大学教授)  テツオ・ナジタ(シカゴ大学名誉教授)  ジョン・ネイスン(カリフォルニア大学サンタバーバラ校教授)  クリストファー・ネルソン(ノースカロライナ大学チャペルヒル校准教授)  サトコ・オカ・ノリマツ(『アジア太平洋ジャーナル:ジャパンフォーカス』 エディター)  マーク・ノーネス(ミシガン大学教授)  デビッド·桃原·オバミラー(グスタフ・アドルフ大学准教授)  尾竹永子(ウエズリアン大学特別講師、アーティスト)  サイモン・パートナー(デューク大学教授)  T・J・ペンペル(カリフォルニア大学バークレー校教授)  マシュー・ペニー(コンコルディア大学准教授)  サミュエル・ペリー(ブラウン大学准教授)  キャサリン・ フィップス(メンフィス大学准教授)  レスリー・ピンカス(ミシガン大学准教授)  モーガン・ピテルカ(ノースカロライナ大学チャペルヒル校准教授)  ジャネット・プール(トロント大学准教授)  ロジャー・パルバース(作家・翻訳家)  スティーブ・ラブソン(ブラウン大学名誉教授)  ファビオ・ランベッリ(カリフォルニア大学サンタバーバラ校教授)  マーク・ラビナ(エモリー大学教授)  シュテフィ・リヒター(ライプチヒ大学教授)  ルーク・ロバーツ(カリフォルニア大学サンタバーバラ校教授)  ジェニファー・ロバートソン(ミシガン大学教授)  ジェイ・ルービン(ハーバード大学名誉教授)  ケネス・ルオフ(ポートランド州立大学教授)  ジョルダン・サンド(ジョージタウン大学教授)  ウエスリー・佐々木・植村(ユタ州立大学准教授)  エレン・シャッツナイダー(ブランダイス大学准教授)  アンドレ・シュミット(トロント大学准教授)  アマンダ・C・シーマン(マサチューセッツ州立大学アマースト校准教授)  イーサン・セーガル(ミシガン州立大学准教授)  ブォルフガング·ザイフェルト(ハイデルベルク大学名誉教授)  マーク・セルデン(コーネル大学上級研究員)  フランツイスカ・セラフイン(ボストンカレッジ准教授)  さゆり・ガスリー・清水(ライス大学教授)  英子・丸子・シナワ(ウィリアムス大学准教授)  パトリシア・スイッペル(東洋英和女学院大学教授)  リチャード・スミスハースト(ピッツバーグ大学名誉教授)  ケリー・スミス(ブラウン大学准教授)  ダニエル・スナイダー(スタンフォード大学アジア太平洋研究センター副所 長)  M・ウイリアム・スティール(国際基督教大学教授)  ブリギッテ・シテーガ(ケンブリッジ大学准教授)  ステファン・タナカ(カリフォルニア大学サンディエゴ校教授)  アラン・タンスマン(カリフォルニア大学バークレー校教授)  セーラ・タール(ウィスコンシン大学マディソン校准教授)  マイケル・ティース(カリフォルニア大学ロサンゼルス校准教授)  マーク・ティルトン(パデュー大学准教授)  ジュリア・トマス(ノートルダム大学准教授)  ジョン・W・トリート(イェール大学名誉教授)  ヒトミ・トノムラ (ミシガン大学教授)  内田じゅん(スタンフォード大学准教授)  J・キース・ヴィンセント(ボストン大学准教授)  スティーブン・ブラストス(アイオワ大学教授)  エズラ・ヴォーゲル(ハーバード大学名誉教授)  クラウス・フォルマー(ミュンヘン大学教授)  アン・ウォルソール(カリフォルニア大学アーバイン校名誉教授)  マックス・ウォード(ミドルベリー大学助教授)  ローリー・ワット(ワシントン大学(セントルイス)準教授)  ジェニファー・ワイゼンフェルド(デューク大学教授)  マイケル・ワート(マルケット大学准教授)  カレン・ウイゲン(スタンフォード大学教授)  山口智美(モンタナ州立大学准教授)  山下サムエル秀雄(ポモナ大学教授)  ダーチン・ヤン(ジョージ・ワシントン大学准教授)  クリスティン•ヤノ(ハワイ州立大学マノア校教授)  マーシャ・ヨネモト(コロラド大学ボルダー校准教授)  米山リサ(トロント大学教授) セオドア・ジュン・ユウ(ハワイ大学准教授)  吉田俊(西ミシガン大学教授)  ルイーズ・ヤング(ウィスコンシン大学マディソン校教授)  イヴ・ジマーマン(ウェルズリー大学准教授)  ラインハルト・ツェルナー(ボン大学教授)  --

  
この声明は、二〇一五年三月、シカゴで開催されたアジア研究協会(AAS) 定期年次大会のなかの公開フォーラムと、その後にメール会議の形で行われ た日本研究者コミュニティ内の広範な議論によって生まれたものです。ここ に表明されている意見は、いかなる組織や機関を代表したものではなく、署名した個々の研究者の総意にすぎません。  

2015年5月5日火曜日

ニューヨーク大学でのイベントにリトル・ネトウヨも参加:映画「選挙」「熱狂なきファシズム」などの想田和弘さんが自身のFBで紹介

慰安婦問題における大バッシング大会の渦中にある元朝日新聞記者・植村隆氏の講演会がニューヨーク大学で開かれたので聴きに行った。
詳しい経緯を聞くと、植村氏があまりに理不尽で不当でとんでもない目にあっていて、人生設計まで狂わされてしまったことがよく分かるわけだが、質疑応答タイムで在米30年以上だという日本人のオッサンが「あなたのせいで我々海外在住の日本人は肩身の狭い思いをしている」的な「意見」を英語でまくしたて始めたので、僕もおもわず英語で「あんた、いままで話聞いてた?寝てたの?」と野次っちゃった。
植村氏の話を全く聞いていなかったとしか思えない彼には呆れるしかないのだが、リアル・ネトウヨ、初めて生でみたかも。会場のアメリカ人にとっては、「なるほど、こういう変な人がいっぱい日本にわいてるから大変なんだな」と格好のサンプルになったことでしょう。ということで、わざわざ来てくれてご苦労様、ネトウヨのオッサン。

2015年5月1日金曜日

ジャパンタイムズが東京訴訟記者会見をとりあげました

2015/04/29Japan Times

脅迫が悪化
「慰安婦」報じた元朝日新聞記者明らかに
ジャパン・タイムズ 2015年4月29日2面
(写真つき、写真は共同)

カワバタ・タイ(川畑泰)記者

 「いわゆる『慰安婦』」を報じた記事で、長年にわたり個人攻撃を受けてきた元朝日新聞記者が、自分への脅迫は悪化していると語った。

 植村隆氏は、自分自身と講師を務める北星学園大学への攻撃が、17歳の娘が殺害の脅迫を受けるまでにエスカレートしていると述べた。娘の母親は韓国人。

 2月初めに大学学長が受け取った脅迫状には、「彼(植村氏)の娘を確実に殺す。彼女を何年かかっても殺す。どんなことをしても殺す」と書かれていた。

 植村氏は「現在起きていることは悲しい」と語った。「私の記事が出たのは24年前。娘はいま17歳で、記事とは何の関係もない。生まれてさえいなかった‥‥。私と家族、大学への攻撃が止まる兆しはない」

 植村氏は今年1月、東京基督教大の教授である西岡力氏と週刊文春の出版元文藝春秋社を相手取り、1650万円の名誉毀損訴訟を起こした。植村氏が提訴したのは、1991年8月11日に慰安婦(第2次大戦の戦前から戦中にかけて日本軍の売春宿で働かされた人々についての婉曲的な呼び名である)についての記事を捏造した、とする記事を掲載したからである。

 植村氏は27日、東京地裁で開かれた第1回口頭弁論後の記者会見で語った。

 植村氏は、西岡氏が彼に対する批判が理性的な限界を超えていたゆえに、自分は裁判に頼るしかなかった、と語った。

 植村氏によると、西岡氏の文章で植村氏は「日本の評判をおとしめ続けている私の敵」と描かれている。

 「西岡氏が私を敵と同一視するなら、自由な言論の場で議論を交わしたり反論したりする方法は働かない。だから私は法廷で落ち着いた議論をしたい」

 問題になっている記事は、韓国の団体が提供した録音テープに基づく女子挺身隊(Women's Volunteer Corps:女性志願者部隊)を扱ったもの。日本帝国陸軍への性提供を強制されたことを名乗りでた最初の韓国人女性による証言で、日本の新聞は慰安婦についての最初の報告だった。

 この記事に続いて1991年12月25日に別の記事が出て、その中で植村氏は弁護士グループが件の女性である金学順さんに行ったインタビューを報告した。

 昨年2月6日号の週刊文春は、西岡氏が植村氏が「記事を捏造した」とする談話を引用しているが、それは植村氏の記事が問題の女性が女子挺身隊のメンバーとして軍の慰安所に連れて行かれたと書かれており、この記事により、女性が「強制的に連行された」という印象を与えたからだとしている。

 西岡氏はまた、植村氏の記事が、韓国の戦争犠牲者の団体の指導者である韓国人の義母を助ける目的があったと非難している。

 昨年12月、朝日新聞が設立した第三者委員会は、記事は彼の親族を援助するために事実をゆがめていないと結論づけた。しかしながら、記事が女性は「強制的に連れて行かれた」という印象を与えた、ともした。

 植村氏は「強制的に連行された」という表現は記事に使われていないし、競争紙である産経新聞でさえ、そのフレーズは使ってきたと語っている。

「なぜ私だけが攻撃の対象になるのか」と、植村氏は語った。「私は記事を捏造していない」



注:記事の日本語訳は、植村裁判支援チームによる
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2015年4月29日水曜日

東京訴訟第1回口頭弁論後の記者会見から(速報)


■4月27日午後4時から30分
■東京地裁内・司法記者クラブ会見室

記者会見では、別紙レジュメに基づき意見陳述、裁判のポイントなどを報告した。


[神原弁護士] 本日は、被告側の答弁書に反論した。
1. 「捏造」は「意図的な事実の改ざん」と判例があり、「論評」ではない。西岡さんは、記事について著作で「紙面を使って意図的な噓を書いた」とも書いている「捏造」だ。
2. 動機についても「事実摘示」にあたるという最高裁判決があるので、義母の裁判を有利にする目的でというところも事実摘示にあたるというのが当方の考え。
3. 「挺身隊」という本人が言っていない事実を加えた、という主張について。他の新聞記事も同様に書いている。91年8月24日の読売新聞の記事でも書いている。産経も北海道新聞も同じように書いている。金学順さん自身が記者会見で「挺身隊慰安婦」という表現を使っている。植村さんが、本人がしゃべっていない経歴を書き加えたのではない。
4. 植村さんがキーセンの問題に触れなかったとされている問題。これは読売新聞も、同じく触れていない。93年8月の産経新聞が金学順さんについて紹介した記事でも触れていない。当時の記者はみな同じような判断をした。植村さんにだけ捏造の故意があったとはいえない。
5. 強制連行を捏造する動機があったという主張。記事は金さんが裁判を起こす4カ月も前。植村の義母と金さんが会ったのは植村さんの記事の後。植村さんは情報を当時の朝日ソウル支局長から得た。植村さんは結婚前から慰安婦の取材をしている。親族の裁判を有利にするための記事という推論は成り立たない。 植村さんの記事には「強制連行」という言葉は使われていない。産経新聞には「強制連行された」と書かれている。保守系と言われている読売、産経にも使われている。より強い表現を使っている中、植村さんが使わなかったのに「強制連行をでっち上げた」という推論は成り立たない。こちらの反論の骨子を示して相手の主張を待つ。 6月29日に何を言ってくるのかを待つということになる。

 【植村さん】 韓国では戦後、ずっと慰安婦のおばあさんが胸に秘めてしゃべることがなかった。私は90年夏に慰安婦のおばあさんの証言を聞こうと歩いたが聞けなかった。91年に朝日新聞ソウル支局の情報で、挺対協が調査しているおばあさんのテープを聴いて、団体に状況を取材して記事を書いた。第1報です。
 西岡力さんは、最初は事実の重大な誤認といっていたが98年から捏造と言い始めた。週刊文春が、お嬢様大学に行くという記事を書き、大学に攻撃が行って私の就職もダメになった。
 私が非常勤をしている大学にも攻撃が行った。大学は雇用継続をやめようとしたが、学者や市民による大学を応援するメールなどの動きがあり、雇用継続を決めてくれた。新年度から授業をやっている。12~13人。韓国、インドネシア、台湾、日本の学生も入っている。
 意見陳述書で言いたかったのは、「娘を殺す」とまで言われた。これが許せない。植村があたかも強制連行のように書いたから捏造だと言っている。金学順さんが強制連行と証言したのは事実だが、私は強制連行と書いていない。それなのになぜ異常な攻撃が続くのか。 西岡さんは最初は「他の新聞もみんな書いた」と言っているのになぜか私が狙い撃ちされた。その怒りと悲しみ。さまざまな証拠によって立証していく。

 【神原】産経新聞2月23日に秦郁彦さんの論文が掲載された。植村は言論で反論しないで訴訟を起こしたのはスラップだと言っている。植村さんは提訴の前にさまざまなメディアの取材を受けて手記も発表した。秦さんの論文はそもそも、前提の事実が間違っている。それについては、産経新聞に訂正の申し入れを3月27日付で送り、3月30日に到着している。産経からは問い合わせを受けている。事実関係の誤りが著しいので謝罪を求めたい。

 【中山武敏弁護士】弁護団長の中山です。植村さんの「捏造などしていません」という思いに答えて、植村さんの名誉回復、人権侵害を許さない。日本の民主主義がゆがめられていると思う。「不当なバッシングに屈しない、私一人ではない」という言葉を思い出して、植村さんを元気にしていきたいと思う。

【質疑】)
 Q 向こうからの答弁書に対する反論も提出したのか。
 A 争点は訴状に出ているものばかり。新たな論争ではないが、答弁書に答える形での意見陳述をした。骨子でおおざっぱにですが。論点としてはほぼ網羅した。

 Q 被告は出席していなかったが、さらに詳しい主張をしてくるのか。
 A 主張の要旨は以下の通りと言うことなので、さらに詳しく主張してくると理解している。

 Q 被告側の証人尋問は考えているか。
 A 裁判が展開していって、本人尋問ということはあり得るでしょう。そのときは法廷で出席していただいて西岡さんの考えを聞くことになる。
   普通はあちらから請求するでしょうね。確定的なことは言えないが。名誉毀損は真実性の立 証責任は被告側にある。自らの真実性の根拠として本人を請求することになると思う。

 Q 被告が欠席したことについての感想を。
 A 特別なことではないので、とくに第1回なので特別なことではありません。

 Q 「西岡さんはなぜ私を攻撃するのでしょうか」というが、朝日を辞めてからバッシングが厳しくなってきたのか。なぜ激しくバッシングしているのかについて。
 A それを私も知りたい。なぜそうなのか。たまたま西岡さんの本を読んでいる。その中に、挺身隊として強制連行されたと噓をつく新聞記者とか、キーセン出身の慰安婦を原告にして裁判を起こす人たち。慰安婦は性奴隷という詭弁を書かせたNGOはすべて「反日的日本人」として、膨大なネットワークをもち、この美しい日本を貶め続けているとある。
 日本を貶めたということが言いたいのではないかと思う。
  「うそつきと闘う」というが、噓はついていない。歴史的事実と向かい合うことをよしとしない背景にあるのではないか。
 

東京訴訟第一回口頭弁論・傍聴記

地裁へ向かう植村さんと神原弁護士
「私は、ねつ造記者ではない」と主張する元朝日新聞記者の植村隆さんが、西岡力・東京基督教大学教授と株式会社文藝春秋を相手取った名誉棄損裁判が4月27日、東京地裁民事33部で開かれた。

 開廷は午後3時だったが、早くも1時半には裁判所の玄関前に最初の傍聴者が並び(私だが)、開廷の30分前には100人をかなり超えて抽選となった。そこに植村氏が姿を見せた。重い書類のバッグを肩から下げたまま、支援者たちに笑顔で声をかける。緊張した様子がなくリラックスしている。抽選による当選番号がボードに張り出された。傍聴者が裁判所に続々と入り、定員91人の103号大法廷は満員となった。テレビカメラも入り、報道関係者用の13席も埋まった。

 原告席の前面中央では植村隆氏が正面の被告席を見据える。そのかたわらに弁護団長の中山武敏弁護士、さらに原告代理人の神原元弁護士が最も裁判官席の近くに座った。3人の横と後ろには、総勢170人から成る大弁護団から20人近い弁護士が陣取った。

 埋まらないのは、被告席だ。カラである。開廷しても、誰一人、出廷しなかった。
 メディアによる2分間の撮影のあと、審理が始まった。裁判官は3人とも男性だ。うち裁判長と左陪席の二人は慰安婦問題での吉見義明教授の裁判と同じ構成だ。裁判長が手続きを説明し、被告側については「答弁書が出されているので、陳述したものとみなします」と述べた。

 原告側の意見陳述となり、はじけるように立ち上がったのが原告代理人の神原弁護士だ。長身で48歳になったばかりの働き盛り。高い声でやや早口に、畳み掛けるように話した。

西岡氏の論文は、いわゆる従軍慰安婦の金学順氏の経歴について本人が言っていない経歴を原告が勝手に作ったなどと書いた。文春は、原告が親族の利益を図る動機ででっちあげの記事を書き、「とんでもない売国行為」の講義をしたという記事を書いた。同弁護士はそうした事実を指摘したうえで、「新聞記者が、利己的な動機で事実を改ざんしたとすれば、直ちに懲戒解雇事由に相当する重大な背信行為です。そうすると、『捏造』という事実の摘示は、報道人としての原告が社会から受ける客観的評価を著しく低下させるものであり、名誉棄損に該当すると言わざるを得ません」と主張した。
さらに神原弁護士は、被告側の答弁書の主張に反論した。被告側は「捏造」という表現は、事実を摘示するものではなく論評だ、と主張するが、捏造とは福岡高裁の判決にもあるように「意図的な事実の改ざん、でっち上げ」を言うもので、被告の西岡氏は「紙面を使って意図的なウソを書いた」と明確に書いている。挺身隊という表現を植村氏が勝手に書いたというが、当時の産経新聞も読売新聞も同じように書いており、それが当時は一般的だった、など一つ一つ反論した。

植村氏が裁判に踏み切らざるを得なかった動機として、インターネットで「売国奴」という人格攻撃を受け、勤務先に脅迫状を送られ、高校生の娘まで殺人予告を受けたことを挙げた。このように言論で反論したにもかかわらず、文春は「被害者ぶるのはおやめなさい」という態度をとり、原告と家族を救済するには「捏造記者」という言われなきレッテルを司法手続きによって取り除くしかないと述べた。

陳述の最後を神原弁護士は「裁判所の公正な審理をお願いしたい」と締めくくった。畳み掛けるような早口のため6分だった。

続いてグレーのブレザー姿の植村氏本人が証人席に立った。

用意した意見陳述書を読み上げた。最初に述べたのは、この2月にまたしても北星学園大学に送られてきた脅迫状のことだ。その最後には植村氏の娘の実名をあげて殺人予告を繰り返した。「必ず殺す。何年かかっても殺す。何処へ逃げても殺す。絶対にコロス」。この文面を植村氏はゆっくりと、苦いものをかみ殺すかのように述べた。この脅迫状のことを植村氏は娘に言えずにいたという。娘がどんなに恐れるかが怖かったからだ。しかし、やがて娘が「何か、おかしい」と気づいた。ここで植村氏は声を詰まらせた。眼鏡をはずして額に乗せた。「もう隠せませんでした。脅迫状が来ていることを正直に伝えました。娘は黙って聞いていました」。そのあと、植村氏は顔を上げ、怒りを込め、絞り出すような声で言った。「私はいま、24年前に書いた記事で激しいバッシングを受けています。しかし、そのときには生まれてもいなかった17歳の娘が、なぜこんな目にあわなければならないのでしょうか。私には愚痴をこぼさなかった娘が、地元札幌の弁護士さんに事情を聴かれ、ポロポロと涙をこぼすのを見たとき、私は胸がはりさける思いでした」

植村氏はさらに「週刊文春」の記事によって大学教員になる夢を破られたこと、そのさい「週刊文春」は大学側にわざわざ植村氏が「捏造記者」だと印象付ける質問をしたこと、そして西岡氏は植村氏を狙い撃ちして著書で攻撃したことを述べた。一連の名誉棄損の行為を挙げたあとに胸を張って言った。「私は捏造などしていません」

植村氏はさらに「週刊文春」が遺跡捏造疑惑を記事にしたため名誉教授が自殺し、遺書に「死をもって抗議します」と書かれていたことをあげた。遺族は名誉棄損で訴え、文藝春秋側は敗訴した。「あの事件で亡くなった名誉教授の無念が、痛いほどわかりました」と述べたあと、植村氏は「私の記事が捏造でないことを司法の場で証明したいと思います。今回の裁判は私の汚名を晴らし、報道の自由、学問の自由を守るための闘いでもあります。裁判長、裁判官のみなさま、ぜひ、正しい司法判断によって、私を、私の家族を、そして北星学園大学を救ってください。どうぞよろしくお願いします」と締めくくった。

証人席に立ってから、一礼して席に戻るまで12分。その目は赤かった。終始、声を詰まらせた植村氏にとっては長い時間だったろう。聴いている傍聴席の人々にとっても、ことに長く感じられた。傍聴席の100人近くは、身じろぎもせずに聴いていた。

裁判長は、次回の口頭弁論は6月29日午後3時からと告げた。被告が初めて出廷して答弁書について説明し、原告側の申し立てに対して認否を主張する場となる。これまでに出された以外に提出したいものがあれば、その1週間前に出すように、とも述べた。

神原弁護士は立ち上がって「被告側の主張に対しては次々回に反論します」と述べた。

閉廷は3時21分。第一回の口頭弁論は、わずか20分ほどで終わった。

意見を述べ終えてホッとしている植村氏に「泣いていたよね」と声をかけた。彼は「いや、僕は昔から蓄膿症なんです。慢性鼻炎で、3日前に声が出なくなってしまって焦りました。2年位に1度くらい、疲れたときに出る症状なんです。病院で薬をもらって飲んだら、今日、奇跡的に声が出ました」と話す。昔からシャイな性格で、涙をこらえながら述べたことを鼻炎のせいにした。

ところで、出廷しなかった相手方はどうなのだろうか。神原弁護士に聞くと、相手の代理人の喜田村洋一氏は「大物で有能な弁護士」だという。自由人権協会の代表理事であり報道問題に詳しく、あのロス疑惑の三浦和義氏の無罪を勝ち取った「やり手」である。人権派の弁護士がなぜ人権を奪った側に立つかと言えば、彼が文藝春秋の顧問弁護士をしているからだ。

手ごわい相手に対する勝算を聞くと、神原弁護士は「負けない」と一言、語った。

このあと、司法記者クラブで記者会見が行われ、さらに参議院議員会館で報告集会が開かれた。

                               (I記)

2015年4月28日火曜日

産経新聞も第1回口頭弁論を報道

元朝日記者・植村氏の名誉毀損訴訟 文芸春秋と西岡氏が争う姿勢(2015.4.27)


「慰安婦記事を捏造(ねつぞう)した」などとの指摘で名誉を傷つけられたとして、朝日新聞元記者の植村隆氏(56)が、文芸春秋と東京基督教大学教授の西岡力氏(59)を相手に計1650万円の損害賠償と謝罪記事の掲載などを求めた訴訟の第1回口頭弁論が27日、東京地裁(原克也裁判長)であった。文芸春秋と西岡氏は請求棄却を求める答弁書を提出し、争う姿勢を見せた。
 訴状によると、朝日記者だった植村氏が平成3年8月、韓国人元慰安婦とされる女性の証言を初めて掲載した。「意図的に事実を捏造した」と批判する西岡氏の論文や、「“慰安婦捏造”朝日新聞記者がお嬢様女子大教授に」との見出しが付いた昨年2月6日号の週刊文春の記事などについて「植村氏や家族への敵意をあおり立てた」としている。
 答弁書によると、被告側は植村氏の執筆した記事について、「日本軍による強制連行の事実があったと誤解させる内容であり、原告には利害関係や動機があり、新聞記事としての倫理性を著しく欠く」と指摘。その上で、「『捏造』であると評することは意見ないし論評の域を逸脱しない」と主張した。

植村隆さん(元朝日新聞記者)を応援するサイトです。

1991年に書いた「従軍慰安婦」に関する2本の署名記事。23年後に「捏造」のレッテルを貼られ、植村さんは言論テロとも言える攻撃を受けています。

非常勤講師として勤務する大学へも脅迫状や大量の抗議メール・電話が届き、高校生の娘さんはネット上で「自殺に追い込め」など脅しの言葉にさらされています。 言論で対抗してもデマの拡大は止まりません。

そこで、汚名を晴らし家族らの人権を守り、大学の安全をとり戻すため、2件の名誉棄損裁判を提訴しました。2015年1月、週刊誌で「捏造記者」とコメントした西岡力氏とその発行元を被告に東京地裁へ。同2月、西岡氏の言説を拡大し脅迫を肯定するような記事まで書いた櫻井よしこ氏と掲載した週刊誌などの発行元3社を被告に札幌地裁へ。

「植村応援隊」はこの裁判や植村さんの言論活動を応援するために、1月30日に結成されました。ぜひ一緒に応援してください。