2015年7月1日水曜日

東京訴訟報告集会(2015年6月29日)

第2回口頭弁論終了後、午後4時から参議院議員会館の講堂で報告集会が持たれた。
ここにも100人を超える人が参加、報告集会だけに駆けつけた学生もいた。

山口正紀さん講演

この日のメインの一つは、元読売新聞記者のジャーナリストで、「人権と報道・連絡会」世話人の山口正紀さんによる「安倍政権のメディア統制と『植村攻撃』」と題した講演だった。
 山口さんは、読売新聞記者として週刊金曜日にメディア批判を書いたところ、社外の「救う会」などから「山口記者に書かせていいのか」とのクレームが来て、読売社内で何度も配転され、結局辞めた経緯を語った。
また、自分も91年12月に従軍慰安婦の記事を書いたことに触れ、植村さんの91年8月の記事は加害の歴史を見つめ直す流れの中で高く評価される、とした。「西岡さんたちにはきちんと謝罪してもらわないといけない」と話した。
 
 朝日新聞社の慰安婦報道についての第三者委員会が、植村さんの記事について(捏造については否定する一方)「誤解を招くようなところがあった」「不用意」などともしたことについては、執筆当時の韓日における挺身隊と慰安婦についての認識を考えれば今になって「不用意だった」とか「誤解を招く」と言うことは「許し難い」と断じた。「慰安婦たちが戦場を連れ回され、逃げ出せなかった。一人の女性としての尊厳を日本政府が奪ったことは、間違いない」とも語った。
 
 講演は、安倍政権によるメディアに対するアメとムチに説き及び、「メディア幹部を料亭などに呼び、飲み食いしつつ安倍さんが直接、秘密法や靖国について話す。渡辺恒雄さんは8回くらい、産経も。朝日も3回くらい行っている。飼いならされている。他方で、気に入らないメディアは呼び出したりする。先日の自民党若手勉強会の『マスコミを懲らしめる』などの言いたい放題はその延長にある」。
 イスラム国人質事件での政府の対応のおかしさや、それを利用しての憲法破壊など、安倍政権下でのさまざまな危険な動きについても指摘した。
 最後に「植村さんは、そうした流れを押し返し、彼らを追いつめるところまで進んできた。日本社会を変えるために植村さんを孤立させてはいけない。私たちのやっている秘密保護法に対する裁判と植村さんの裁判は、権力にとっては困ったことなのだ。この闘いは、委縮攻撃を受けている大手メディアの若い記者にも、頑張れることを示すことができる、大きな意味がある」と結び、会場の拍手を受けた。

神原元弁護士からの報告

 続いて、神原元弁護士が裁判の現在の段階を報告した。
この日の第2回口頭弁論での主な手続きは、被告側の準備書面が出て来た事、それにより被告側の主張が見えて来たことだ、とする。その上で、簡明に法的な解説をした。
 何かを書いて人の社会的評価を低下させたという名誉棄損訴訟でポイントとなるのは、被告が書いたことが事実なのか論評なのかだということだ。「誰誰はこういう嘘をついた」と書けば、それは事実。「誰誰は悪いやつだ」と書けば論評(評論)しただけ、つまり事実の摘示ではなく意見を述べたにすぎないこととなる。今回、被告が主に主張してきたのは、「『捏造』と書いたのは事実でなく論評だ」という主張だった。
 
一般的には「意見」を言うことは名誉棄損になりにくい。いま入口で、まさにそこが問題となっていると、神原弁護士は言った。
しかし続けて神原弁護士は、「被告側は『論評だ』と言うが、西岡氏は『植村さんは義理のお母さんを有利にする目的で、意図的な嘘を書いた』と書いている。『嘘つきだ』でなく、『嘘を書いた』とまで書いているのだ。その記述について被告側は「西岡氏は推論を書いたのだ」と抗弁して来ているため、きょうの法廷で「推論とは事実か論評か」などの求釈明をしたのだ、とした。
 求釈明の最後に「そもそも被告側は、真実性の主張をするのかしないのか、次回までに回答せよ」と迫り、次回の書面で回答しますという答えだったことも紹介した。仮に西岡氏が書いたものが「事実の摘示」だったとするのなら、西岡氏は「植村さんが捏造した」ということが真実であり、あるいは真実だと西岡氏が信じる相当の理由があったことを証明しなければならない。さらに書いたことが公共の利害にかかわり、公益が目的だったとして、違法性阻却を主張することになる、という。
 
 神原弁護士は、「きょうのやり取りは、いわば前哨戦。次回10月26日に双方の主張が出そろい、証拠調べについてもどこまで出て来るかがわかるだろう。次回の第3回口頭弁論が注目だ」とまとめた。

植村隆さんからのアメリカ講演報告

 報告集会のもう一つのメインは、植村さんによる米国レポートだった。
 米国の大学の招きで4月29日から5月8日まで、米国の6つの大学で8回の講演等をした。その経過と、植村さんが感じたことなどの報告だ。植村さんの話は、「勇気をもらったアメリカ講演」という演題の通り、生き生きとした内容だった。
 招いたアメリカの研究者たちは、嫌がらせに近い圧力に抗して、勇敢に植村講演を成功させたこと。話を聞いた学生らの感想には、「植村さんは世界の女性のために闘ってくれているのです。ありがとう」など、「ありがとう」という言葉が目立ったこと。取材に来た産経新聞記者は比較的客観的な記事を送稿したことなど、興味深い事実が報告された。
 同行したジャーナリストの徃住嘉文さんと長谷川綾さんの2人も会場におられ、長谷川さんは、「コロンビア大の歴史学者キャロル・グラックさんをはじめ何人もの人が植村さんに『ありがとう』と言った。民主主義への攻撃、不正義に対して闘っている植村さんは、私たちのために代表して闘ってくれているのですから、と言った。帰国して植村さんは『人生は捨てたもんじゃない。脅迫され、仕事を失った。でも世界中に友達が出来た』と話した。きょうこの会場にもこれだけの人が集まっている。日本の民主主義社会も捨てたもんじゃないと思う」と述べた。(K)

 ※同行した2人のルポは「植村隆氏のスピーチを米国市民はどう受け止めたか」(『週刊金曜日』2015年5月22日号)と「植村隆氏の訪米講演は何を投げかけたか」(『世界』2015年7月号)に掲載されています。ぜひお読みください 



植村隆さん(元朝日新聞記者)を応援するサイトです。

1991年に書いた「従軍慰安婦」に関する2本の署名記事。23年後に「捏造」のレッテルを貼られ、植村さんは言論テロとも言える攻撃を受けています。

非常勤講師として勤務する大学へも脅迫状や大量の抗議メール・電話が届き、高校生の娘さんはネット上で「自殺に追い込め」など脅しの言葉にさらされています。 言論で対抗してもデマの拡大は止まりません。

そこで、汚名を晴らし家族らの人権を守り、大学の安全をとり戻すため、2件の名誉棄損裁判を提訴しました。2015年1月、週刊誌で「捏造記者」とコメントした西岡力氏とその発行元を被告に東京地裁へ。同2月、西岡氏の言説を拡大し脅迫を肯定するような記事まで書いた櫻井よしこ氏と掲載した週刊誌などの発行元3社を被告に札幌地裁へ。

「植村応援隊」はこの裁判や植村さんの言論活動を応援するために、1月30日に結成されました。ぜひ一緒に応援してください。